森の中にある枯れた樹木や落ち葉、草などが発酵、分解を繰り返して作られるフミン酸やフルボ酸は腐植物質と呼ばれ、自然界で作られる植物遺体の最終分解物です。
フミン酸とフルボ酸は分子の大きさや酸、アルカリに対する溶解性に違いがあり、日本ではフミン酸が主に農業関連に利用され、化粧品や健康食品に関してはフルボ酸を使用した製品が多いというのが一般的です。
しかし世界に目を向けてみると、フルボ酸に比べフミン酸に関する研究が非常に多く、また、その分野も農業関連だけではなく環境や健康、医療など多岐に渡っています。ここではフミン酸の構造的な性質と今後の可能性についてご紹介します。
フミン酸の基本的な構造から見える特徴
フミン酸は(フルボ酸も同様)異なった官能基の集合体で、その起源、形成された年代、気候のほか抽出方法などによっても組成が変化するため、固定の分子構造は持っていません。
しかし、フミン酸に共通する特徴として、アルカリ性溶媒に可溶で酸性に不溶、分子量が2.0~1300kDaの範囲内にある高分子化合物であること、フェノール類、カルボン酸、エノ―ル、キノン、エーテルが持つ官能基で構成されているという点があります。
フミン酸は多くの機能性を有していることがわかっていますが、こうした機能はフェノール類に含まれるヒドロキシ基(-OH)とカルボン酸に含まれるカルボキシ基(-COOH)によるものだとされています。
さらに、フミン酸の優位性を決定付ける特異的な構造として、親水性部位に加え疎水性部位とをあわせ持つ両親媒性の特性を持つことがあげられますが、この両親媒性こそがさまざまな可能性を秘めているのです。
参考:フミン酸・フルボ酸とは(https://keitwo.co.jp/what-is-humic-acid-and-fulvic-acid/)
両親媒性とは
両親媒性とは、水になじみやすい親水性部分(親水基)と水にはなじみにくい疎水性部分(疎水基)の両方を持つ分子や分子化合物(集合体)を指し、水と油の両方に親和性があります。
混ざり合わない異なる相が接する境目部分を界面と呼びますが、ここに両親媒性を持つ物質(界面活性剤)を加えると、水性成分の界面に親水基を向けて集まり(吸着)、界面張力(表面張力)が低下します。
界面が界面活性剤の分子で埋め尽くされると、あふれた分子が疎水基を内側にして小さな集合体(ミセル)を形成します。このミセルによって極性物質(親水性)と非極性物質(疎水性)とが混ざり合う現象が界面活性作用です。
水と油の場合、界面活性作用によって混ざり合うことを乳化といい、ミセル粒子が大きければ白っぽく混ざり、ミセル粒子が小さい場合は油が透明になって混ざった状態となり、これを可溶化と呼びます。
フミン酸場合、極性の大きなカルボキシ基とヒドロキシ基が親水性を、極性の小さなアルキル基(脂肪族飽和炭化水素から水素原子を1つ除いたもの)とフェニル基(芳香族のベンゼン環から水素原子が1つ取れた状態)が疎水性を示します。
この2つの異なる性質をあわせ持つフミン酸は天然の界面活性剤として働き、中性~酸性の条件下においてミセル構造を形成(疑似ミセル)することが報告されています。
こうした特性は農業分野だけではなく、環境、医療、美容分野においても注目を集めています。
フミン酸の両親媒性がもたらす可能性
農業・環境分野における可能性
自然界に放出される環境汚染物質の多くは分解されにくく、生態系に悪い影響を与えます。
なかでもタールや石油など、原油製品を燃焼(熱による分解)することで放出される多環芳香族炭化水素(Polycyclic Aromatic Hydrocarbons:PAHs)は、ベンゼン環を2つ以上もった化合物の総称ですが、発がん性をはじめ非常に強い毒性を持つことで知られています。
PAHsは有機物の不完全燃焼でも産生され、身近なところでは燻製調理された食品や高温での直火調理(グリルやバーベキュー)した肉類や魚類などにも含まれています。
また、環境下で存在するPAHsは大気に拡散し、土壌中には主に大気からの沈積物として、また、海や湖といった水系では堆積物からも検出されます。
これらの化合物に共通する一般的な特徴は、水に対しての溶解度が非常に低く(疎水性)親油性があり、微生物による利用が制限されるため分解されにくいという点があげられます。
文献によると、フミン酸の界面活性作用はPAHsをはじめとする疎水性有機汚染物質の疎水性が低下し、溶解度を増加させるとしています。こうした現象は、フミン酸の持つ親水基と結合することでつくられたミセルが会合体を形成したことによるのではないかと考えられています。
汚染された土壌や堆積物にある疎水性有機汚染物質の水溶性が高まれば微生物による利用も高まるため、分解が進むと期待されています。
医療分野における可能性 ドラッグデリバリーシステム(DDS)として
体に入った薬剤は血流によって運ばれます。
このため薬を服用したとしても、代謝されたり排出されたりしてしまうことを考慮すると、患部で実際に作用するのはごくわずかです。
また、薬剤は選択性を持たないため、症状のない部分で作用してしまった場合、副作用を引き起す可能性が否定できません。
そこで、効かせたい場所へ必要な分だけ、必要な時に薬効成分を届けるための製剤技術、ドラッグデリバリーシステム(DDS)という概念が1960年代にアメリカで提唱されました。
DDSには副作用の軽減や投与回数・投与量の減少がなどがメリットとしてあげられますが、近年の薬物療法の進化に伴い、医薬品の発展のために多くの研究、開発が行われてきました。
DDSでは的確な場所へ、ベストなタイミングで有効成分を乗せて運ぶ器が必要となり、これをドラッグキャリア(担体)と呼んでいます。
ドラッグキャリアには両親媒性を持つリポソーム、脂質ナノ粒子、高分子ミセル、シリカ粒子、シクロデキストリンなどがあります。それぞれに個性的な特徴がありますが、非極性を持つ疎水性化合物の水溶性を高める作用を担っています。
同じく両親媒性を有するフミン酸は有効成分をミセル様の構造内に運び、疎水性化合物を可溶化して担持する、バイオアベイラビリティ(生物学的利用能)を高める新しい代替手段として期待されています。
化粧品分野における可能性
化粧品製造において両親媒性の特性を持つ界面活性は洗浄力の担保や成分の浸透性を高めるだけではなく、化粧品の安定を保持するためにもなくてはならない存在です。
皮膚は外界からの異物侵入を避けるためのバリア機能があり、一番外側にある角層は強力な疎水性を呈します。
化粧品の有用成分は水溶性の高い極性物質であることが多く、角層への浸透は困難になります。
これまで角層をターゲットとして経皮吸収製剤技術が多く研究されてきましたが、近年、角層を通過させるだけではなく有用成分を標的部位に確実に届けられるようなものが求められるようになり、有用成分を化学的に修飾したものや、両親媒性のキャリアを利用したアプローチ技術が必要となってきています。
両親媒性物質の会合が角層の上層と下層の水分量の違いに対応して相転移するとした報告がありますが、界面活性の特性を持つフミン酸を化粧品に配合することでより浸透が増す可能性があります。
また、フミン酸は可溶化剤としての働きもあり、油性を示す潤いや柔軟効果のための保湿剤や脂油性ビタミン、防腐剤などをミセル様構造に取り込むことで透明な状態に混和(溶解)して水溶性を高めることも可能です。
なお、界面活性剤には天然のものと合成のものがあります。
天然だから優しくて安心、合成だから良くないというものではありませんが、例えば洗浄剤に使用される合成界面活性剤のなかには洗浄力に優れてはいるものの脱脂力が強いタイプもあり、肌のバリア機能が弱っていると肌トラブルを起こすことがあります。
また、合成界面活性剤のなかでもヘアコンディショニング剤などに配合される陽イオン(カチオン)界面活性剤は帯電防止や柔軟性を付与する目的で使用されていますが、配合濃度や皮膚への接触時間によっては刺激が強すぎてしまう場合もあります。
フミン酸の界面活性特性は、こうした合成界面活性剤にかわるものとして効果を発揮する可能性を秘めています。
まとめ
フミン酸の機能性についてはこれまで、植物の成長やミネラル成分のキレートといった農業に関するものや、抗ウイルス、抗炎症など疾病に対するもののほか、抗酸化といったアンチエイジングや美容に関連する効果などをご紹介してきました。
今回、新たに構造的な観点からフミン酸が持つ両親媒性の特性を中心に、利点や可能性について探ってみました。
フミン酸により疎水性物質の可溶化が進めば、難分解性である汚染物質の微生物利用が促進され、環境浄化技術への活用へとつながる可能性が広がります。
ドラッグデリバリーシステムでの開発は、安全で体に負担の少ないドラッグキャリアとして医療技術の発展につながり、化粧品製造の際に界面活性剤として使用する技術が確立されたならば、敏感肌でも安心して利用できる化粧品の開発の可能性に期待が高まります。
参考文献
Bruna Alice Gomes de Melo et al. Humic acids: Structural properties and multiple functionalities for novel technological developments. Mater Sci Eng C Mater Biol Appl. 2016:62;967-74
福嶋正巳ら. 腐植物質と疎水性有害有機物質との相互作用とその土壌浄化への活用. 分析化学. 2011:60(12):895-909
竹山雄一郎ら. 表皮の多層構造を考慮した両親媒性物質会合体による化粧品製剤の浸透設計. 粧技誌. 2015:49(4);301-308